SLEEP with ME

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  SLEEP with ME  

 咽ぶほどの血の香りと半ば腐敗した臓腑の匂いとがねっとりと混ざり合った地下貯水槽に、恐怖と絶望に衰弱しきった子供たちの啜り泣く声が微かに響き渡っていた。
 数日前に作られたばかりのこの工房の床は、雨の日の路上のようにひたひたと濡れている。無論、床を濡らす赤い水の正体は、冬空から降り注いだ雨などではなく、この薄暗い工房で犯され殺された少年や少女たちの血である。ところどころに脂肪と肉片と臓物とが飛び散っているのは、この工房の主のうちの1人が、「工作」の過程で生じてしまった失敗作をばらばらに解体して擦り潰し、そのまま床にぶちまけたからであろう。
 一方で、まだ数は多くないものの、出来上がったばかりの「完成品」もそこかしこに並べられていた。ゆったりと座れるロッキングチェア、しっとりと手触りの良いソファー、豪奢なサイドテーブル。肌色の花束に灰色の花瓶。柱に立て掛けられた絵画。無造作に並べられたそれら全てが、人間の血と肉と皮と骨で作られた至高の芸術作品である。
 人が住まうどころか、常人が居られるような場所であるとは到底思えない空間だが、血みどろの床の上に、重なる2つの人影があった。



     *     *     *



「ねえ、旦那ぁ。旦那はさ、昔、小さい小さぁーい子供たちを、どういう風に犯したの?」
 教えてよぉ、と続いた言葉は、工房に立ちこめている清々しくも官能的な血の匂いに溶けこむかのように、甘ったるい響きをはらんでいた。
 蜜のような声をあげる青年の、半開きの口からは唾液に濡れた赤い舌がのぞき、男がかつて幾百と嬲り犯してきた無垢な少年や清廉な少女たちには備わっていなかった淫猥な純粋さを纏って、ぬらぬらと行き場なく口腔をうごめいている。
 引き寄せられるように顔を近づけて青年の唇を覆い、柔らかに蠢く舌に己のそれを重ね絡み合わせると、青年は満足げに喉の奥を震わせ笑った。その反応は、陵辱の限りを尽くして弄び、苦しめ、脅えさせ、最後には一片の慈悲も与えずに殺してきたいかなる幼子たちとも違うものである。それが男には大層不思議であり、また、理解出来なかった。
 重ねていた唇を離し、青年の目を覗き込む。切れ長で形の整った目元は、男が生前に見てきた西洋の人間のそれとは異なり、本来の年齢よりも随分と若く見え、神秘的な雰囲気を湛えていた。純潔の幼子たちを、穢れを教えぬままに育てたら、このような不可思議な魅力を孕むのであろうか。
「リュウノスケは、何故そのようなことを知りたがるのです?」
 男の問いかけに青年は言葉を返さない。答える代わりに、青年の右手がそっと伸ばされ、男の頬をゆっくりと撫でた。それは、何かを思い出せそうな優しく繊細な感触であったが、いま意識を向けるべきは目の前の光景だと思い直し、令呪が刻まれたその手を引き剥がして、床に押しつける。
「だめ。教えなぁい」
 からからと笑う青年の顔に飛び散った血しぶきは、既に黒く固まりつつあるものと、まだ赤く濡れているものとが入り混じっている。それらは、宵も深まった頃に外に出掛けて十数人の子供たちを攫い、折角だからと何組かの家族を殺したときの返り血と、夜明けと共にこの工房に戻り、攫ってきた子供たちのうちの数人で早速「工作」をしたときに撥ねた血であった。燭台の仄かな光で照らされた青年の肌を彩るその血の痕は、稀代の傑作たる抽象画のように男の目を惹きつけ、男は不覚にも少しの間、見惚れさえした。
 一方、青年は恍惚とした表情で己に覆い被さる巨躯を見上げている。床にまき散らされた夥しい量の血が、青年の上半身に僅かに残った衣服にじっとりと染み込み、乱雑に散らばる臓腑の断片が、白い肌を露出させる下半身に纏わりついていた。運動はあまりしないのだと言いながらも細く締まった身体と、ゆらめく燭台の灯りが浮かび上がらせる黒と赤の血の痕。それらが織りなすコントラストは、男の情欲を掻き立てる。
「教えてください、リュウノスケ」
 男は、青年の柔らかな頬に片手を添え、努めて優しく語りかける。そして、頬に散る生乾きの血を指で引き延ばし、青年の唇にのせ、その赤を堪能する。まるで、背伸びをして化粧をした子供のようであった。この青年はおそらく、この時代のこの国における成人男性としてはごく平均的な体躯なのであろうが、こうやって頬を包みこむと、己の大きな手に比べてその顔はとても小さく見え、また、年齢を感じさせない東洋人独特の薄い目元とも相俟って、幼子と変わらない気さえしてくるのだ。顔を近づけ、青年の蠱惑的な一重瞼を舐めあげ、眼球に舌を這わせる。そのまま噛みついて瞼を引き裂き、指を捻じ込んで目玉を抉り抜きたい衝動に駆られたが、なんとかそれを抑え込み、瞼に軽く歯を立てるにとどめた。そして頬を撫でていた手を細い首元にまで下げ、軽く掴み少し力を入れれば、青年はくすぐったそうに身を捩って笑みを浮かべる。
「わかった、わかったってば、旦那。えっと……、旦那が殺してきた子たちと、同じように、犯されてみたいから。出来れば、そのまま殺されてみたいから。これでオーケイ?」
 その本心まではわからない。青年は組み敷かれたままの格好で、真っ黒な艶の無い深い瞳を細め、じっと此方を見つめている。赤く染めた髪と細い眉、そして僅かに上気した頬にはそぐわぬ、黒い蝋を溶かし固めたような双眸。あまりに深い黒色に籠絡され、再びその目に口づける。
 ――ああ、この両の目を抉りとって口に含み、咀嚼してみたい……。
 ――神経が繋がったままの眼球を、飴のように舐めたら、どのような吐息を漏らすのか……。
「だから、旦那が殺した子供たちのこと、全部、一人残らず、最初から最後まで、教えてよ……」
 ――目玉を引き抜き、窪んだ眼窩に指を捻じ込み蹂躙すれば、どのような声で啼くのか……。
 ――爪の先で脳を撫で、ぐちゃぐちゃと掻き回したら、どのような顔で悦ぶのか……。
「ね。お願いだからさぁ……」
 血の海に沈み染まる肢体の白さ、頬に飛び散った血しぶきの赤、己を抱く男の顔だけを映す瞳の黒。
 それらは、激しい劣情を抱かせるには充分であった。



     *     *     *



「そうですねぇ……。一つ一つを語ってゆくとリュウノスケの身が持ちそうにありませんが……」
 声音を変えた男が、右手で抑えつけていた青年の細い首を解放すると、青年は己の唇についていた赤い血を、その血と同じように赤い舌で舐めとり唾液と共に嚥下した。
「例えば……」
 その艶めかしい喉仏の動きをじっと見つめながら、今度は令呪を宿す彼の腕を床に縫い付けていた己の左手を外す。そして、青年の、人を殺すには――否、短期間で何十人もを殺してきたにしては華奢な体から、一瞬身を起こし、両手で青年の腰を掴む。その感触は、かつて男がいたぶり血肉を啜ってきた幼子たちの肉付きの良い丸みを帯びたものとは異なり、薄く骨ばってはいたが、床に広がる血肉と臓腑の中で、その白い肌は非常に淫猥であった。
「穏やかながらも、強い意志をその目に宿した、端正な顔の少女であれば、このように……」
 少女を犯したことは数度しかなかった。拐かし連れ去ったのは、みな幼いながらも凛とした顔立ちの、中性的な体つきをした少女たちばかりである。成長しきっていない、種を宿すことも出来ない子宮を破れんばかりに突き上げ、首を絞めては意識を失う寸前で緩め、犯しながら腹を裂いては付け焼刃の魔術で延命し、散々慰み物とした挙げ句、一つ一つ内臓を抜き取って殺したことがある。最後に鷲掴みにした小さな心臓はひくひくと脈打ち、血が巡りゆく様をありありと感じることが出来た。そして、その熱さに、感動と畏怖を覚え吐精したのを覚えている。宝石のようなその心臓を思わず握り潰してしまったあと、酷く後悔したことを覚えている。
「……ぁ、あッ……旦那……!」
 そうだ。そのように犯したのは、泣き叫ぶその顔がとても――、似ていたからだ。偽りの業火に身を焼かれ、美しい顔を苦痛と恐怖と絶望に歪めながら、それでも最後まで主たる神の名を呼び続けていたあの少女に似ていたからだ。
「ぁ、ちょ……と、待っ……ぁ……!」
 脳裏に蘇る愛しい少女の断末魔を振り払うように、青年の上半身に残っていた着衣を剥ぎ取り、その身体を無理やりうつ伏せにすると、背骨と肩甲骨がくっきりと浮き出た、赤く濡れた背中が露わになった。この肉の薄い背に己の爪痕を残せばさぞや映えることだろう、などと考え、長く伸びた爪を押しあてる。
「それから……そうですね。色の白い、柔和な顔をした……、たおやかな体つきの少年であれば、このように――……」
 少年を犯すのは非常に楽しく、その行為は至上の充足感をもたらすものであったが、一方で彼らの震える背中はいつでも、敵国の牢で嬲られ、犯され、辱められ、肩を震わせ泣いていたあの少女の背中と重なった。そして、神聖なものを汚す背徳感と、純然たる絶望と、深い哀しみと、それらによって形を為した快楽とが織り混ざり、気付けば慟哭しながら少年たちの痩せた背中に何度も爪をたて、その身体を壊していた。
「……ぁ、痛……っ……!」
 そうだ。少女がそこにいる気がしたのだ。女であったがために無惨に陵辱されたあの少女が、同じ目にあわぬよう、少年の皮を被り、ひっそりと身を潜めている気がしたのだ。しかし、目の前の皮を剥ぎ取り、背骨を砕き、筋を引き裂き、あらゆる臓腑を掻き回して引きずり出しても、大切な少女は見つからなかった。虚しい解体の最後にはいつも、少しばかりの皮と骨と肉と、繋がったところだけが残ったが、灰となった少女は、どこにもいなかった。
 この青年の中に、求めてやまぬあの少女は、いるのだろうか。
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