SLEEP with ME

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「ひっどいなぁ。旦那ってば、鬼畜ぅー」
 身体中に爪痕と鬱血の痕を纏い、床の上に仰向けに寝転がって浅く息をつく青年は、至極楽しそうに鼻歌を歌い、穏やかな笑みを顔に浮かべている。不思議で仕方がない。この青年の顔に、恐怖や絶望が浮かぶ様など全く想像できない。何故、泣き叫ばないのか。何故、怯えないのか。男は怪訝な顔をして青年をじっと見つめた。その視線に気付いた青年は、にっこりと満面の笑みを浮かべて、男に向かって赤く染まった両手をのばす。あれだけではまだ足りないとでも言うように。笑うと目尻が下がり、その顔はますます幼子のようである。犯され血に塗れながらも屈託なく笑うその姿には、神性すら感じた。
「旦那。もっかい、お願い」
 誘われるままにその身体に覆い被さったが、胸の内に灯るどす黒い色情に堪え切れなくなり、うっすらと血管が透ける白い喉に噛みついた。少しばかり強く噛んだために、喉元の薄い皮膚が切れて僅かに血が滲んだが、青年はそれでも楽しそうに笑う。この青年の身体を裂いたら、もしかしたら本当に、在りし日の少女がいるのかもしれない。かつての絶望によって心を壊したまま英霊として現界した昨夜の姿ではなく、穢れていない身体の麗しき少女が、共に剣を携え祖国の地を駆け巡ったあの頃の少女が、ここに隠されているのかもしれない。曖昧な思考のまま、青年の脇腹に爪を立ててみる。爪先がゆっくりと肉に食い込んでいく感触は甘美だった。そして青年は、やはり怯えることなく、さも嬉しそうな声をあげるのだ。
「旦那ぁ……そのまま中にいれてもいーよ。でも……オレだ、け……いれられてばっか、なのは、つまんない……なぁ……」
 その声に従い、床に投げ出されたままの青年の右腕を掴み、数言の呪文を呟いたあと、自分の脇腹に押し当てた。魔術を施した青年の腕が、ずぶり、と苦も無く体内に這入ってくる。青年が小さな歓声をあげながら、腹の中をかき回す。青年の細い腕が、手が、指が、体内の臓腑を蹂躙する。
「……っ、リュウノスケ……」
 青年の指が、腸をなぞり肝臓を突き刺し背骨を掴み肺を撫であげ、最後に心臓に触れた。直に触れられると、己が心臓の脈動をありありと感じることが出来た。死んだはずなのに生きている。空虚なのに血肉がある。自分は一体何者なのか。あの頃の自分と何が同じで、何が違うのか。
「すっげー、旦那……これ、いい、かも……」
 胸が締め付けられるように痛いのは、青年の細い指が、心臓を直に鷲掴み弄んでいるからなのか。何故か唐突に、己の身体の下で微笑む青年に対して、愛しいような哀しいような、恐れのような憧れのような、あるいは信仰のような気持ちが沸き上がる。
「リュウノスケ……そのまま……っ……」
 そのまま、どうして欲しいのか。そのまま、心臓を掴む指に強く力を入れて、握り潰して欲しいとでもいうのか。そうすれば、この胸の痛みは消えるのだろうか。激しく犯しながら、ゆったりと犯されながら、無性に何かにすがりつきたくなって、青年の首元に顔を埋め、細い身体を折れんばかりに抱きしめる。手の甲が床に擦れて痛んだが、気にならなかった。
「ああ、いい……! すごく……いい……よ……旦那ぁ……っ……!」
 青年は、自分を組み敷く男の体内を片手で犯したまま、もう片方の手で縋りつくその頭を優しく撫で、慈しむように抱きしめた。その感触と青年の手の温かさに、男は張り詰めていた吐息を漏らした。
 思えば、物心ついてから頭を撫でられたことなど、一度もなかった気がする。



     *     *     *



 血と臓物に塗れた姿のまま、目を閉じてそっと微笑む青年は、さながら宗教画であった。
「ねえ、旦那。セックスするのってさぁ、『死ぬ』ってことに、少しだけ似てる気がするんだよね」
 目を閉じたまま、満ち足りたような柔らかな声で青年が語りかけてくる。その頬にそっと触れると、青年はうっすらと目を開け、男を見上げた。
「前にも言ったと思うけどさ、オレには死ってものがよく分からないんだよね。だから、それがどういうものか知りたくて、色んなところをずっと探して、そんな中で旦那に出会って、今に至るわけなんだけどさ……。旦那に会ってから、オレ、少しわかるようになった気がするんだ……。『死ぬ』っていうのは、きっとさっきみたいに、掴むものがない、ぬるぬるして気持ちの良い底なしの落とし穴に……、ずっとずっと落ちていく感じなんだと思う」
 今日も今日とて饒舌である。この青年は、出会ってからこの方、共に行動しているときはいつも嬉しそうにはしゃぎ回り、とりとめのないことをずっと話しかけてくるのだ。その声は、別段煩わしいものではなかったし、己の涜神の行為を全面的に受け入れ羨望の眼差しを向けてくる青年の、その生い立ちや嗜好にはそれなりの興味を抱いていたため、彼との会話はなかなかに楽しいものであった。
「だから、今までオレが寝てきた女は……セックスしてるとき、しがみつこうとしてたんだろうなぁ……。オレもさっき、旦那の腕すげー掴んでたし……」
 だが、この楽しげな声や満ち足りた表情が翳る瞬間があることも、男は知っていた。青年は常に上機嫌であったが、勿論人間である以上は睡眠を取らねばならず、寝るのが勿体ないと駄々を捏ねるのをなだめすかして休むよう説得し、青年の乏しい魔力を枯渇させてしまわぬようにと男が霊体化すると、彼はぷつりと糸が切れたようにそれまでの明るい表情を失すのだ。
 傍らに話相手がいるいないの問題ではなく、例えば制作途中である半分生きたままの「作品」が目の前にあるときであっても、男が霊体化して姿を消すと共に、口笛を吹いたり作品に一方的に話しかけたりしていたそれまでの態度を豹変させ、億劫そうにナイフやメスを投げ置いてしまう。そして、往生際悪くきょろきょろと周りを見て、男がいないか探し、その姿がやはりどこにもないことを確認すると、大層詰まらなさそうな顔をして床に座り込むのである。しばらく茫然としたあと、気だるそうに立ち上がりベッドへと向かう青年を何度か見たが、男はその真意を掴みかねた。
 しかし、ベッドに座り込んで、ぼんやりと宙を見つめる青年の前に一度気まぐれに姿を現したとき、分かりやすい程にぱっと顔を輝かせて立ちあがり、此方へ駆け寄ってくるのを見て、この青年にとって、自分と共に過ごす時間はこの上なく楽しく充実したものであるのだと悟った。
 それはやはり、喉を食い千切られ、あるいは胸から性器までを縦に割かれ、絶望と恐怖に泣き叫んでいた幼子たちが男に向けてきた態度とは全くもって異なるのだ。拐かすときは別として、あの子供たちは、この血みどろの本性を見せればただひたすらに怯えるだけであった。嬉しそうに駆け寄り、嬉々として話かけて来ることなどなかった。
「オレさぁ、死ぬのが楽しみなんだ……」
 けれど、この青年は違う。男がいなくなればつまらなそうに脱力して全てを投げ出し、男の姿を見れば心から喜ぶのだ。男が必要とする魔力のために子供たちを惜しみなく殺すから、自分が寝る時もその姿のまま傍にいてくれと求めるのだ。
「本当は旦那に殺されたいんだけどね……。旦那が、オレの血とか内臓抜き取って、肉抉りとって、残ったオレの体をデコレーションしてくれたらさ……そうすればさ……旦那の芸術の一つになれるし……それが、ほら……本望? ってやつなんだけど……」
 青年は滔々と夢物語を話し続けている。寝るときもいつもこの調子だった。睡魔で瞼が落ちてもなお、身体が完全に寝てしまうその直前まで、青年は男に語りかけ、男はベッドの端に座り、その話を静かに聞くのである。
「オレは良い子でも普通の子でもなくて……すっごく悪い子だからさぁ……そういう、一番の願いはきっと……神様は叶えてくれないと思うんだよね……」
 青年が寝込んだあとで、こっそり霊体化してしまおうかと考えたこともあったが、大体において青年の指がローブの端を掴んでいたり、男の手を握っていたりするので、諦めざるを得なかった。
「だから、贅沢は言わないから……とびっきり痛くて辛くて嬉しくて幸せな、あったかい、満足できる死に方がいいんだ……。オレ、旦那と一緒にいれば、それが叶う気がするんだよね……。あぁ……楽しみだなぁ……」
 ――そうか。
 無邪気に笑うその顔を見て、男はようやく得心した。
 真っすぐでひたむきな純粋さや、無垢な心が、似ているのだ。あの少女とこの青年は、姿形もその行為も理想も願望も何一つ全く似ていないというのに、どこか根本が似ているのだ。
 かつて、男の横には、神よりも尊い少女がいた。その道を拓き、その背を守り、その誇りを支える。それだけが望みだった。なのに、神は少女を連れていってしまった。そこには慈悲も救済もなく、誰の祈りも届かず、ありとあらゆる凌辱を受け尊厳と希望を奪われた少女は、無残に燃やされ灰となり地獄に落とされてしまった。そして、狂気に囚われた哀れな男は神に背いた。
 悪魔と等しくなれば、地の底でまた会えるやもしれぬ。あるいは、涜神の行為に溺れていれば、神の愛を貶める自分を殺しに来てくれるやもしれぬ。そう思っていたが、終ぞその願いは果たされなかった。
 再びこの世に降り立った今、男の隣にはいつも、無垢で透明な青年がいる。彼は何者であるのか。何者になるのか。無雑で忠実な主君か、同じ道を歩む共犯者か、それとも理解に能わぬただの道化か。そのどれもがしっくり来ないような気がして、男は困惑する。
「旦那……昨日会って来た子の……ところ、に……もっかい、行ってくるんでしょ……?」
 青年の声が徐々に途切れがちになっていく。眠いのだろう。昨夜から全く寝ていなかったのだから無理はない。連れ去ってきた子供たちを一人残らず殺し、外に出掛けて新しい子供たちを攫い、その過程で数組の家族を手にかけた。工房に戻ってからは、集めてきた子供たちの中から数人を選んで嬲り殺し、あるいは生きながらに工作の材料とし、響き渡る悲鳴を楽しんだ。そうして何人かを解体したあと、青年は酷く興奮したのか、傍らに立ち同様の行為を行う男に抱きついてきたのであった。青年を欲情させ、そのような行為に走らせたのは、肉を切る感触か、流れ出る血の色か、掬いあげた臓腑の温かさか。あるいは、作品たちの断末魔の歌声か。
「行って……きなよ……。オレ、ここで……待ってる……からさ……」
 もう殆ど瞼が落ちている。その目元にそっと手を置き、視界を閉ざした。手の下で何度か柔らかなまつ毛が動いたが、そのままにして青年が眠るのを待つ。
「お眠りなさい。我がマスター、リュウノスケ」
 暫くして、すっかり眠ってしまった青年の身体を抱えあげ、ベッドまで運んで寝かせてやった。そうして自分もまたそのベッドに腰を降ろし、楽しい夢でも見ているのか、口元に微かに笑みを浮かべながらすやすやと眠る青年の顔を見つめる。まだ外の時間は、昼を少し過ぎた頃だろう。

 穏やかに眠るこの主君が目覚めてから出掛けても、遅くはあるまい。



(了)
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