裸体

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  裸体  

 その豊かな乳房は、母性の証だと言えるのかもしれない。
 普段は白い肉の内側に埋もれている柔らかな乳首は、吸い上げればすぐに口の中で硬くなり、舌先で転がせるようになる。
 口に含み甘噛みするにはちょうど良い弾力の乳首と、薄っすらとその周りに広がる乳輪は、成長しきっていない処女のそれと同じ桜色というわけではなかったが、だからこそ凄まじいまでの官能を感じさせるのであった。
 しかし同時に、青い血管の透けるその乳房は、男の欲望のを慰めるためというよりも、幼い子供のためのものであるように感じられた。母乳こそ出ないものの、それは穢れ知らない幼子のためにこそ存在しているような気がした。
 成長しきった男どもの歪んだ肉欲を塗り込むことなど決して許されないと思った。白い母乳の代わりに、すべてを包み込み癒してくれるかのような母性と、すべてを許し導いてくれるような神性が滲み出ていた。
 けれどその女が、未発達の性器を弄ったり、その乳房に顔を埋めさせてくれるのは、果たして本当に母性によるものなのだろうか。



     *     *     *



 女はいつも、襟ぐりのあいたくすんだ紺色の服を着ている。
 吸い付きたくなるほどに白い足の甲も、歯のあとを残したくなるほどにすべらかな脛も、そのまま強く挟まれて窒息しても良いとすら思えるほどに艶かしい太腿も、上下がひと続きになった裾の長い服で隠れてしまっている。そして、すぐに赤い痕のつく白いうなじも、肩まで伸びた髪に覆われてしまっている。
 だが、それを残念だと思う余裕など、幼い龍之介は持ちあわせていなかった。
 わざとなのかそうでないのかはわからないが、女はいつであれその大きくあいた服の胸元から、深い谷間を覗かせているからだ。
 今日も今日とて、女は身体の線がはっきりとわかるその紺色の服を着て、まるで赤子の世話をするかのように、龍之介を優しくあやす。華奢だが上背のあるその身体で、徐々に成長し手足が伸びつつある龍之介の身体を抱え上げ、額にそっと口づける。
 それから、床に座った女は、龍之介の頭を膝の上にのせて、子守唄を歌いながら細い指で額を撫でてくれるのだ。
「あのさ、オレ――」
 女から与えられたその一連の行為によって仄かに暗い衝動を抱いた龍之介は、身体を起こして女に向き直る。そして女の膝に乗り、小さな身体で女に抱きついてその胸元に顔を埋めた。
「ああ……いけませんよ、リュウノスケ……」
 くすぐったそうに身をよじり、女は龍之介の行為をたしなめる。ぽんぽんと軽く頭を叩かれ、女の胸の感触を楽しんでいた龍之介は名残惜しそうに頭をあげた。
「そのような顔をしても、駄目です」
「なんでだよ、別にいいじゃん」
 ふてくされた顔をして見上げてくる龍之介に、女は美しく整えられた眉尻を下げて、少し困ったような表情をする。その表情に浅ましくも欲情した龍之介は、両手で女の胸に触れてみた。
「こら、リュウノスケ。そんなことばかりしていたら、怒りますよ」
「怒ってよ。オレのこと、叱ってよ」
 透き通ったその声は、いつでも心地よく龍之介の耳朶をくすぐる。叱責であれ拒絶であれ、もっとその声を聞いていたくなる。
「ねぇ、おっぱいちょうだい」
 確かにまだ幼いといえど、思春期を迎えつつある年齢には酷く不相応な舌足らずな口調で問いかけるのは、女がそうした喋り方をする幼子を好むことを知っているからだ。
「ふふ、出ませんよ。諦めなさい、リュウノスケ。いくら吸っても、母乳など出ませんから」
 そのたどたどしい幼い声を耳にし、案の定少し機嫌の良くなった女は、喉の奥でくすくすと笑った。鈴の音のような細い笑い声を聞き、龍之介は己の身体がじわじわと熱を帯びていくのを感じた。
「やだ。やだよ」
「あ――」
 少し身体を離し、女の襟元を引っ張る。軽く引いただけだが、大きくあいた襟元から、女の豊かな乳房がこぼれ出る。一瞬慌てたような顔をした女は、しかしながら特にそれを隠そうともせず、再びにっこりと笑って龍之介の頭を撫でた。
「もう、本当に……貴方という子は……。いつまでも、子供なのですねぇ……」
 そして、すっと立ち上がった女は、身に着けていた衣服をあっさりと脱ぎ捨てる。
 白い乳房も、なだらかな腹も、凹んだ臍も、繊細で柔らかそうな陰毛も、すべてが龍之介を惹きつけてやまない。女の存在そのものが、龍之介を捉えて離さない。
「そうだよ、オレ……子供だよ」
「あ、待って――」
 床に膝をついて座り込みんだ女に、龍之介はすぐにしがみついた。女が制止するのも聞かず、小さな手で右の乳房を触りながら、左の乳房に吸い付く。
 女が、びくりと身を震わせるのがわかった。
「だ、駄目ですよ、リュウノスケ……いきなり……っ、ぁ……」
 困惑しているような、動揺しているような、それでいてどことなく嬉しそうな声で、女が喘ぐ。
 龍之介は、耳に心地の良い、その透明で甘い声を、ずっと聞いていたいと思った。
「いけません、そんな、っ……つ、強く、されたら……ぁ、んっ……」
「ねぇ、オレはいつまでも、子供だよ……」
 しなやかな曲線をえがく華奢な身体へと回した腕と脚は、もはや女の背中を強く抱ける程度には、あるいはその腰にしっかりと足を絡ませられる程度には、ゆっくりと、しかし確実に成長しつつある。
「あのね、オレ――」
 いつになったら、捨てられてしまうのだろう。あとどれくらいで、見向きもされなくなるのだろう。その日が訪れるのが、この世の終わりよりも怖かった。
 いつまでも子供でありたいと願うのに、女の好む肢体で在りたいと望むのに、無情にも成長し伸びていく手足が呪わしかった。そして、女以外の人間に一切の興味を抱けない己自身が憎かった。
「ああ、なんていじらしい……可愛い可愛い、私のリュウノスケ……」
 女にしっかりと抱きしめられながら、女の鼓動を聞きながら、女の口から紡がれる愛情と淫慾に満ちた言葉を聞きながら、龍之介は己の胸の痛みにじっと耐える。
「抱いてあげましょう……愛してあげましょう……貴方を、いつまでも……」
 そうあって欲しいと切に祈り、龍之介は一筋の涙を流して嘆息した。重く、儚く、切ない溜め息だった。

そして、声にならない声でただ一言、「捨てないで」と――呟いた。


(了)
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